My Fortnight's Dairy

ようこそ私の日記に。ダイビングや旅行を中心に思いついた事柄をつれづれに書き綴ります

ようこそ私の日記に。
ダイビングや旅行を中心に思いついた事柄をつれづれに書き綴ります

2019年度の後半、特に9月から2月はダイビングの計画が密に入り慌ただしかったが、2月の後半から3月一杯はダイビング計画は一休みだ。

昨年後半から

9月 ・静岡県・神子元ハンマーヘッドダイビング

       ・ガラパゴス諸島ダイビング

10月  ・東京都八丈島ダイビング

    ・鹿児島県トカラ列島ダイビング

11月  ・アイスランドダイビング&観光

12月  ・メキシコラパスカジキスイム

     ・ハワイフルマラソン&観光

 1月 ・メキシコソコロ諸島クルーズダイビング

   ・タイシミラン諸島クルーズダイビング

  2月 ・メキシコセノーテ&コスメル島ダイビング

  3月  休憩中です
まあよく行きました。

この中でもやはりダイビング的にはガラパゴスが抜群だったし、観光的にはアイスランドが素敵でかつ地球の割れ目”ギャオ”の水温3度のダイビングが印象的でした。

又、人生初のマラソンでホノルルフルマラソンに参加して7時間19分で完走したのも苦しかったですが今ではいい思い出になっている。

 

4月からダイビングや観光の計画が目白押しだが、

このチョットした暇な時間に溜まりに溜まったダイビングの写真整理や好きな美術館巡りに小旅行とやらねばならぬこと、やりたいことが色々頭の中をくるくる巡っているが、先日、まず手始めに美術館巡りの第一弾として地元神戸開催の「ゴッホ展」に行って来ました。

 

ついでにと、やらねばならない事で確定申告書提出とマイナンバーカードの「電子証明書」の更新にまず税務署と区役所に行きましたが、確定申告は毎年のことで簡単に終わりましたが、「電子証明書」の更新手続きに一時間ほどかかってしまった。

 

そもそも、マイナンバーカードや「電子証明書」は更新が必要である事も知らなかったが、よく調べるとマイナンバーカードは10年毎、「電子証明書」は5年毎にする必要があり、マイナンバーの方はスマホやPCで申請できるが、電子証明書は区役所等に行かなくてはならないとの事。

マイナンバー本体の更新はスマホででき、なぜ付帯の電子証明書が窓口でしかできないかしつこく聞いたが「すみません。・・・・・・・」とぼそぼそと説明してくれたがよく理解できなかった。

 

後で、友人に教えてもらったのだが、電子証明書は本人を特定する重要な証明書であり、これが盗まれて悪用されると他人によるなりすましが可能になってしまうため、更新作業はデーターが蓄積されているサーバーに直接リンクしている固定申請場所(役所など)で行う必要があるのだという。

 

まあ分からないいわけではないが、今回の更新の対象者は2016年にマイナンバーを取得した人で約985万人が対象だが、来年は2017年に取得した人約350万人が対象となりかなり役所の手間も軽減されそうだが、今、国は国民全員がマイナンバーを取得すべきと色々働きかけているようだが、そういう時が来た時の役所の処理能力は?大丈夫なのかな?

少なくとも私達第一年次登録者グループは次回更新時は2020年登録者が上乗せされるので更に混雑が予想され、役所で2時間待ちなんかあり得るのでは??

ただ、10年目の更新はマイナンバーカード自体の更新で、これはスマートホン、PC,郵送など手段で更新手続きができると云うのでかなり軽減できる可能性もあるかも・・・。

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いずれにしても、マイナンバーの普及を勧めるのは結構だが、そのための新規や更新の手続きなどに関してよくシュミレーションして、我々に簡便で安全なシステムであるように日々改良してもらいたいものだ。

 結局、マイナンバーカードの電子証明書の更新手続きに一時間(待ち時間がほとんどだが)ほどかかってしまい、ついでの仕事に時間を費やし、本来の「ゴッホ展」の閲覧時間が少なくなるのではないかと心配したが、意外と見学者が少なかったため自分のペースで心ゆくまでじっくりと見ることが出来た。

 

さて、兵庫県立美術館で開催されている「ゴッホ展」であるが、その主題は、ポスターにも”ハーグ、そしてパリ。ゴッホへの道”と謳われているように、故国オランダのハーグ派、フランスパリの印象派という2つの芸術潮流と出会うことで、ゴッホの絵がどう変わり唯一無二の表現を獲得しえたのかを探ろうとするものである。

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今回の展示はゴッホが27歳で画家になることを決心し、37歳で心の病により自殺してしまうまでの10年間の画業で、ゴッホに大きな影響を与えたハーグ派(アントン・マウフェ、マティス・マリスなど)や印象派(クロード・モネ、カミーユ・ピサロなど)の画家の作品をゴッホの作品のそばに展示して見比べることができるようにしてあり、ゴッホの作品がどのように変化しながら、最後にはゴッホの独自のネルギッシュな作風に至るその軌跡がよく分かった。

 

今回の展示作品で特に印象深かった作品は

「糸杉」と「薔薇」だ。

晩年、精神病を患い「サン=レミ」の療養院に約一年入院したてと、退院間際の気分的に安定した時期に描かれたものだ。

ゴッホは療養院を退院して7月には銃で胸を撃ち自殺(銃の暴発事故であるという説もある・・)している。享年37歳だった。

 

「糸杉」 18896月 メトロポリタン美術館

厚塗りでうねりまくる筆使いは、ゴッホ自身の内面から溢れ出るエネルギーがカンヴァスにそのまま放射されたかのようで力強い作品だ。

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「薔薇」 18905月 ワシントン・ナショナル・ギャラリー

ゴッホの静物画の中でももっとも画面が大きく色使いが美しい作品で、満開の薔薇を一つづつ微妙に色合いや形状の変化をつけて丁寧に描かれている。

この絵を描いたあと2ヶ月後に自殺してしまうとは思えないほど明るく華やいだ作品だ。

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                              「麦畑」 1888年6月 アルル時代 麦畑を克明に
            生き生きと描いている

一介の趣味レベルの日曜画家からわずか10年間でネルギッシュな作風で時代を超え愛される画家となったフィンセント・ファン・ゴッホ(18531890年)努力家であったが、やはり天才なのだ。

相変わらずのことだが、今までに溜まってしまったダイビングや観光の写真の整理も何もできずじまいでの出発となってしまった。

前回のメキシコ・ソコロのダイビングから一週間はあったのだが、ゴルフや新年会でバタバタして写真の整理どころではなかった。

ソコロでは快晴に恵まれ、巨大なマンタ、や人懐っこいイルカ達に囲まれ大変楽しいダイビングができた・・・が楽しい思いだけではなかった。

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往路の成田/米・ヒューストンのANA便が悪天候のため2時間近く遅れ、乗り継ぎのヒューストン/メキシコ・サンホセデルカボのUA便に乗ることが出来が出来なかった。

しかし、幸いなことに2時間ほど後の後続便に空席があり乗ることが出来たのだが、サンホセデルカボで2つの預け荷物の一つがロストバゲッジとなってしまったのだ。

 

このロストになったバゲッジ、ヒューストンに留め置かれていることが後でわかったのだが、にはダイビング器材一式と衣類、下着、日用品類等が入っていて、ダイブクルーズにはなくてはならないものばかりで、船が夜出航してしまうのでそれまでになんとかしてくれと交渉するも埒が明かず、諦めて、ダイビング器材はレンタル、衣類等は町の商店でかき集めて船に乗り込んだのだ。

 

器材のレンタルや町で買い集めた日用品で代替え出来る物もあったが、私にとって致命的な問題はマスクが代替え出来ないことであった。

 

私は遠くがよく見えるようにメガネと同じ度数の入ったマスクを使用しているのだが、レンタルのマスクは素通しで、これでは遠くがよく見えず、ガイドが指差す方向を目を凝らして見るも何も見えず、同行者たちが今回の主要目的であるハンマーヘッドの群れやサメたちを何度となく見ているのに悔しく、ストレスの貯まるダイビングを強いられてしまった。

 

帰国してすぐANAに状況を説明したら、折返し担当部署の人から、ロストに至った経緯を調査するから少し時間を下さいとの電話連絡があった。・・・がそれ以降梨の礫だ。

 

今回も同じくダイブクルーズであるが、もう二度とロストバゲッジはごめんだ。

だが、今回はJAL国際便だ。JALファンとしてこのようなことが無いと信じるが、ただただ無事に荷物が到着することを祈るだけだ。

 

では行ってきます。

昨年も多くのダイビング等に参加して来たが、そのイベントの中で特出するものと言えば、やはり待望のガラパゴスでのダイビングであろう。

長い間行きたいと思いつつも、一年半以上も前に予約する必要があり、歳を取ると、特にちょっとしたことで怪我をしたり、病気になったりで不確定なことが多々起きやすくなり、長い先の予定が立てにくく躊躇していたのだが、一念発起して思い切って決断して、その結果まず無事に行けたこと、さらにそのダイビングの内容も期待を違わず、ジンベイ、又ジンベイ、ハッマーヘドシャーク、等々大物づくしのダイビングで大満足であった。

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          本当にたくさんのジンベイに遭えた
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           ハンマーヘッドにも

ガラパゴスのダイビングは今まで潜ってきたダイビングの中の頂点と言えるものであったかもしれないが、しかし、大きく括ってしまえば(更なる、究極を極める、神秘な場所を目指す・・・・などあるにしても)、今まで経験してきたダイビングという枠の中のものであったと言える。

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          人気者のレッドリップバットフィッシュにも

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奇妙な魚 ホウボウ
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シーイグアナにも         

だが、昨年のもう一つの別な面での特出すべきイベントは、全く未知の世界の”フルマラソン”に参加して、曲がりなりにもなんとか完走できたことである。

ランニングの経験といえば、永年続けてきたジムでのランニングマシンでの4,50分足らずのランニング(歩きに近いかも)だけだ。

それでも、60歳代までのときは、多くの人がマラソンを楽しむ様子をみて試してみても・・・という気持ちがあったが、70歳代になり、体力も落ちそんな気はとうに無くなってしまっていた。

 

昨年の6,7月頃、メキシコにダイビングに行く事になり、その帰りに久しぶりにハワイにでも寄ってのんびりしようか? ならばついでにホノルルマラソンに参加しよう!・・・と話が盛り上がり、躊躇する私に、”ホノルルマラソンは時間無制限だし”、”参加者の半分はマラソン初経験者だ”なる甘い言葉に乗せられてその気にさせられてしまったのだ。

確かに、70歳のとき富士山初登頂に挑戦し、しんどかったが今ではいい思い出になっているし、一時期はやってみたいと思った事があるフルマラソンを、77歳の今やってみるのも意義があるのではと考えそれなりにやる気にはなった。

 

しかし、昨年の後半は、ガラパゴス、アイスランド、メキシコそして国内のトカラ列島、女川、八丈島、神子元・・・・などダイビングがあり、ランニングの練習が出来ず気が焦りばかりだったが、唯一自宅付近の路上での15km程のランニングを2回ほどやるのがやっとであった。

切羽詰まり、メキシコへランニングシューズを持ち込み、やっと小一時間程度の練習をしたが、そのままハワイに入り一日置いて本番突入という強行軍であった。

案の定、初経験でペース配分などわからず、序盤でハイペースとなり、中盤で

走ったり歩いたり、後半は殆ど歩きとなってしまった。

何度かもう止めたいと思ったことがあったが、ここで止めても結局ホテルまで帰る交通手段は歩くしかなく、ならば前へ進もうと言い聞かせてなんとか完走することが出来た。

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               ホノルルマラソンコースマップ

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           完走証明書とメダル
では 成績は

・私の個人成績   時間:7時間0947秒  

             順位 全体1206518780(23882)

                男性 732510335(13009) 

                年齢別(7579) 51108(148)

                                                                         (  )内は参加者人数

・全体のデータ

             フルマラソン参加者 

                  合計 23882人 (18770:完走者)

                    男 10335 (完走者)

                    女  8435人 (完走者)

             優勝者 男性  2時間80秒 コースレコード

             最終者     17時間3148

 

 注:上記データーは全てが公表されたものでなく、私が推測、計算等で

    割り出したもので実際と食い違っている可能性があります

103-ホノルルマラソン成績結果

                私の個人記録

フルマラソン初経験者が半数(データーなし)という事であれば私の成績も年齢グループ別に見ると真ん中に位置しておりそこそこなのかも・・。しかし、未完走者が5000人超えという私の計算値はどうも感覚的にはおかしいような気がする。

いずれにしても、今回ひょんなことからフルマラソンに初参加することになって、なんとか完走することは出来たという結果から見ると、走っている時は地獄みたいな辛さで何度も挫けそうにもなったがやり抜いたという後では、身体は疲労しきっていたが、気分は清々しく、爽快で達成感満ちるという大変な貴重な経験が出来た。

 

多くのランナーたちが、厳しい自分の目標に向かって日々の辛い練習を重ねながら、過酷なレースに臨む理由の片鱗が少し理解できた気がする。

だが、ホノルルマラソンはそんな大げさなことを考える事なく、本当に風光明媚で気候もよく、コース沿道の周辺の皆様の温かい応援とボランティア、気持ちよく参加者を迎えて、楽しく走らせてもらえるように運営づくりをする関係者の皆さん等、多くの皆さんに支えられて楽しく走れるというのがホノルルマラソンなのだろう。

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        スタート時 朝の5時にスタートします。真っ暗です

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         スタート前に気炎を上げる まだ元気だった

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         完走して記念写真 完全にグロッキー
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            スタートの前日ポスターの前で
さてどうする、あれだけ苦しい思いをして、もう懲り懲りだと思ったが、今では清々しく爽快な達成感だけが残されている・・・今年も頑張って、いや楽しんで見ようか??

とリピートの罠にハマリつつある私だが、年のこともあることだし、現実に戻ってよく考えてみなければ・・・・。

    

ホノルルマラソンの雰囲気は下記ページをご参照下さい

 https://www.facebook.com/honolulumarathon/

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