My Fortnight's Dairy

ようこそ私の日記に。ダイビングや旅行を中心に思いついた事柄をつれづれに書き綴ります

2009年09月

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最近やたらと「モラトリアム」という言葉が新聞紙上をにぎわしている。

「モラトリアム」Moratoriumには次の意味がある。

1 支払猶予。
法令により、金銭債務の支払いを一定期間猶予させること。
戦争・天災・恐慌などの非常事態に際して信用制度の崩壊を防ぎ、
経済的混乱を避ける目的で行われる。

2 製造・使用・実施などの一時停止。核実験や原子力発電所設置
などにいう。

3 肉体的には成人しているが、社会的義務や責任を課せられない
猶予の期間。また、そこにとどまっている心理状態。

勿論、現在飛び交っている「モラトリアム」は1項の支払猶予を意味している。

「モラトリアム」という言葉に対して、

私は、政府が並々ならない状況に際し、種々対策を講じたが、万策尽きて、壊滅的な混乱を回避するために、
やむなく強権を発動するもので、
その発動自体が社会機構の危機的な状況をイメージするのだが。

私が子供のころ、親が子供と遊びながら、怖がらせるとき、
私の母親は「お化けだゾ!」という言葉の変わりに「モラトリアムだゾ!」という言葉をよく使っていた。

また、都合悪くなると「モラトリアム発動」という言葉もよく発していた。

母親は自分の経験から、
「モラトリアム」は恐ろしく、怖いもの、そして一方的なものとして体験していたので、このような言葉を使ったのではないかと思う。

子供のとき「モラトリアム」の意味は分からなかったが、何か怖いものという意識を持ったことは事実である。

ならば、客観的に、もう少し「モラトリアム」の意味調べてみよう。

Wikipediaによると

「国家が法令によって民間や国家の債務の支払いを一定期間強制的に猶予させる措置をいう。「支払猶予」と訳され、その目的は信用秩序の維持である。

歴史上、日本では1923年(大正12)の関東大震災のときに震災地に限定して30日間、
1927年(昭和2)の金融恐慌では全国的に3週間の支払猶予令が出された。

またアメリカでは、大不況の1933年に国内的なモラトリアムが実施された。
国際的モラトリアムとしては、1931年に政府間債務に対して行われた「フーバー・モラトリアム」がある。

しかしながらモラトリアムは、今日の民主主義の時代には考えられない措置であるから、まさに歴史上の事柄といえる。


やはり、歴史的に見ても非常時だけの措置なのだ。


それが、最近、民主党に政権が交代したドサクサに紛れ、変なオジサンが出てきてしまった。

庶民の味方、「白馬童子」を気取っているのか、単なるパーフォマンスなのか、いとも気楽に「モラトリアム」を口にし、嘘か本気か、実行しようとしている。


確かに、昨今の経済危機に端を発した長引く不況で、中小企業・零細企業は体力を疲弊しており、年末の「年越え資金調達」もままならぬ状況だとか。

また、耐震強度偽装事件で国が建て替えの支援対象としたマンション契約者は、生活再建に向け「二重ローン」を強いられ、苦しんでいるのも事実です。

一方、貸し手側から見ると中小企業や個人の債務を一定期間返済猶予するということは、貸し手である金融機関にとって、その間、収益が悪化することを意味する。

国内の中小企業向け融資や住宅ローンの残高は300兆円近くある。
金融機関の融資全体の約7割だ。
特に地域経済に密着した地方の中小金融機関ではその比率が高い。

金融機関の儲け(利幅)が仮に1%だとすると、モラトリアム制度の新設により全体では年間3兆円(300兆円×1%)もの減収につながることになる。

この負担は誰がするのだろうか、銀行だろうか、国の負担として、更なる借金を次世代に残すのだろうか。

返済猶予により収益機会が失われるだけでなく、融資が焦げ付き、損失となる可能性もある。

金融機関の業績が悪化し破綻するようなことになれば、影響は預金者や景気全般にも波及する。

猶予の制度化が、新規融資の手控えにつながる恐れさえある。

既存の貸付契約について、国が銀行に対し、強制的に猶予に応じさせることが可能かどうか不明であり、
返済猶予の対象企業をどう線引きするのか、猶予後に倒産などで回収不能となった場合の損失どうするのか、
制度を設計する上でも難題は山積している。


なぜ、このオジサンは突飛に「ムラトリアム」と言い出したのだろうか。

個別に本当に困っている人を、政府が救い上げ援助する方法はないのだろうか。

多分個別に政府が対応すると、手続き、審査などに多大の労力を必要とするため、一律「猶予」とする、安易で愚策な方法を言い出したのであろう。

久々の「権力」で有頂天になって、実力を示そうと躍起になっているのだろうか。

鳩山さんはなぜこのオジサンを閣僚にしたのだろうか、早く手を打たないと・・・

「鳩山政権は企業経営に介入する」「国家統制色が強い」とのメッセージを発し、国内外からの不信を招きかねない。

  
   写真は昭和2年の昭和金融恐慌の様子(Wikipediaより)

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私の最近の購入図書は「古代文明」「海洋特に深海」「地球科学・特にプレートテクトニクス」そして「サスペンス・アクション」なるキーワードに該当するものが多い。

上記のキーワードが2つも重なればほとんど買ってしまう。
「アトランティスを探せ」はその全てを網羅しているのだ。

本屋で平積みされているのを見つけ、即購入したのは云うまでもない。

この本の裏表紙のダイジェストはこうだ。

「考古学者ジャック率いる国際海洋大学の最新鋭調査船“シークエスト”は、地中海・クレタ沖の海底で、大発見をなし遂げる。
黄金を満載した古代の沈没船だ。
しかも、財宝の中から記号文字が彫られた金の円盤が見つかった。

同じころ、ジャックの旧友モーリスも、エジプトで不可解なパピルス文書を発見していた。
そこにあった文字は「アトランティス」—プラトンが記した、一夜にして海底に没したという幻の大陸だ。

伝説につつまれた史上最大の謎が、最新の考古学によって解き明かされる時が来た。

金の円盤とパピルスをもとに、ジャックたちは伝説の奥に隠されたアトランティスの歴史的事実を解明していく。

とうとうその位置を特定した彼らは、困難な海底調査に挑む。
しかし、はかり知れない価値を持つ遺跡を狙い、恐るべき魔手が迫る。・・・」

こんな言葉につられて購入した人は私だけではないと思う。

読書感は上述の言葉に言い尽くされて、敢えて加えるべきものはないが、常々思うのだが、この手の小説の主人公は本当にスーパーマンだ。

若くして、考古学博士でありながら、一般知識にも造詣があり、独身で女性にもてて、屈強な精神力と肉体を持ち、危機において決断力もある。
そして、人一倍仲間思いで、最新テクノロジーに強く、武器にも精通して、飛行機、潜水艇の知識、操縦にもたけている。

こんな人が今回の主人公だが、欧米の小説にはこのような主人公が多い。

どうやら彼らの理想的(これだけ優れていれば当たり前)な人物像なのだろう。

さて、この本の主題はなんと言っても「失われたアトランティス大陸」だ。

アトランティスは大陸と呼べるほどの大きさを持った島と、そこに繁栄した王国のことであり、強大な軍事力を背景に世界の覇権を握ろうとしたものの、ゼウスの怒りに触れて地震と洪水により、一夜にして海中に沈められたとされる幻の大陸である。

この話にまつわる典拠といえるものは、紀元前4世紀前半に、ギリシャの哲学者プラトンによって書かれた「ティマイオス」と「クリティアス」という二つの対話編のみである。

これによると、アトランティスのあった場所は、
地中海からジブラルタル海峡(ヘラクレスの2本の柱)を出た、大西洋のどこか、

または、地中海のクレタ島及びサントリーニ島。
この島は巨大なカルデラの島であり、サントリーニ島の爆発による津波によって滅んだミノア王国(クレタ文明)をアトランティスとする説などが定説である。

しかし、この本では大海進説の氷河期の終焉による海面の上昇による陸地の水没によるものとして、アトランティスのあった場所を黒海の東海岸と設定している。

本文中には、アトランティスが黒海にあったとする科学的根拠を色々説明しており、私には小説そのものよりこちらのほうが興味を覚えたので、その根拠たるものを紹介する。

地中海は今から500万年前には氷河拡大による海面低下(現在より130mも下がった)と地殻変動で海洋から切り離され、干上がった(メッシーナの海水蒸発)時があった。

このときの地中海は深さ何キロメータにも達する広大な渓谷となった。

今から1万2000千年から一万年前、氷河期の末期になり、海洋の海面が上昇し始め、ある時、一気にジブラルタルより海水が干上がった地中海へ押しかけた。

このときの時にできた瀑布はもの凄い。幅40km、落差1kmにもおよんだという。
現在のジブラルタル海峡はこの瀑布が浸食したものだ。

それから、遅れること数千年後に、黒海も満たされた地中海の海水が、ボスポラス地域より一気になだれ込んできた。

この時できた瀑布は幅数キロ、落差150mと凄いが、黒海の水面上昇は1年で150mにもなり、一日40Cmにも達するもの凄さだ。

作者はこの驚異的水面上昇が黒海の東海岸(現在の海面より150m下)に発展していた古代文明を滅亡させたとして、この文明こそががアトランティスだとしてストーリを構築している。

勿論、黒海にアトランティス文明があったことはフィクションだが、地球の気候変動と地殻変動に地中海が蒸発したり、そして再び一気に膨大な海水が押し寄せ、地中海を造ったことは、すでに科学的な調査により事実であるとされている。

こんな冒険小説でも、地球の創生の歴史は本当に荒々しく、豪壮であることを改めて思い知らされ、読書の楽しみ一つでもある。


  「アトランティスを探せ」上、下 
     著者ディヴィッド・ギビンズ 扶桑社刊 各752円

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8月30日より9月6日までの8日間、チューク環礁でのダイビングを楽しんで来ました。

関西在住者にとって、関西空港からコンチネンタル航空が8月、9月の季節限定(今年12月からは定期便が再運行される予定とか)ですが、グアム経由でチュークに行きやすくなったため、今回のダイビング行きを決めました。

しかし、関西空港からグアムまでは日本人でほぼ満席だったが、
グアムからのアランドホッピング(グアムからマジュロ間を4の島(チューク→ボンベイ→コスラエ→クワジャリン)を経由して8時間ばかりかけて飛ぶ便)には日本人はチラホラで、
チュークに降りた日本人は私を含めてたった3人。

米国やヨーロッパの人たちは多いのだが、急に寂しくなってきた感じだ。

チュークを訪れる外国人の多くは、ダイビング、特にレック(沈船)ダイビングを目的に訪れるが、
その沈船が旧日本軍のものであることにより、勝戦国の人がやたらと多いのではないかと変な下衆の勘ぐりをしてしまう。

チュークの環礁は、直径がおよそ100kmもある円形環礁の礁湖としては世界最大級の規模で、古くは「トラック」の名称で知られているダイビングエリアだ。

ヤシの木が生い茂る火山島と14の環礁からなるチュークのラグーンの底には、
確認されているだけでも68以上の軍船やゼロ戦が眠っているとされ、レックダイビングのメッカとなっている。

これらは世界でも珍しい海中戦跡公園として保護されている。

初めてのチュークは本当に印象的だ。

雲ひとつない澄み切った青い空の下、天にも聳える緑茂れる急峻な山を持つ島々が点在する、
ミクロネシアンブルー、ライトブルーと千変万化する、どこまでも続く、鏡のような波ひとつない海面のラグーンをボートで疾走するときは、本当にその自然の美しさに癒される。

だが、良い時ばかりではありませんでした。

チュークは今雨季の真っ盛り。
ダイビングの移動中、30分ばかりのスコールに遭遇するのは当たり前だが、
今回5日間のダイビングで後半3日は何時間にも渡る長雨にも遭遇し、最後の日は一日中激しい雨となり、
ボートで移動中は顔に当たる雨が痛く、下を向きっぱなしであった。

どうも、ここで大きな低気圧が発生したらしく、この低気圧が移動しながら成長して、台風となり、
帰国した私を追いかけて日本に接近し来るとはなんと皮肉なことだ。

だが、ダイビングは雨なんかを物とせず、レックダイビングを中心とした5日間をフルに楽しみました。

原型を止めた形で、比較的浅いところに沈んでいて、ソフトコーラル、イソギンチャクがびっしりと覆われた船外に見とれ、広く、原型を窺いできる船内を隈なく探索した富士川丸。

船首の機関砲やむき出しになった船の支柱部分は、華やかなサンゴやヒドロポリプ、スポンジに覆われ、そこに何千もの魚が渦を巻く、本当にきれいな神国丸。

長さ100mばかりの損傷をあまり受けていない、深場に沈む日豊丸は原型をとどめる各装備もさることながら、深場特有の高い透明度の濃紺の海の中にたたずむ船体はなんともフォトジェニックだ。

上空から何度も爆撃されながらも母港にたどり着き、大和の巨大な砲弾抱きながら眠りに着た貨物船、山霧丸。

その他書ききれないほどの特徴のある沈潜をできたが、65年もの長い時間静かなラグーンに守られて、原型をとどめて静かに沈んでいる沈潜の中をくまなく探索することは、
当時の状況を克明に窺い知ることになり、ダイビング本来の楽しみに新たに加わる楽しみだ。

チュークはレックダイビングだけではない。

リーフの外側は外洋のミクロネシアブルーの中、滝のように落ち込むドロップオフに回遊する大型魚、
インリーフはどこまでも続く真っ白な砂地の中、点在する根に取り巻く何百という熱帯魚の群れなども楽しむことが出来た。

今回のダイビングは6年前に、日本人向けのダイビングショップを立ち上げ、チュークのダイビングを開拓されてきた「TREASURES」のTAKAさん、YUKIさん、KEISUKEさんにお世話になりました。

時には、Man to Man、多くて3人の、贅沢な、そして、我が儘なダイバーの希望を全て叶えて頂きました。

本当にありがとうございました。

アフターダイブもないもないチュークで時間をもてあまし気味のところを、色々会食などのチャンスをつっくて頂、ダイバー間のコミュニケーションも進み楽しいダイビングとなりました。

また、ダイビングの合間に訪れた夏島の旧日本軍の戦跡も思いで深い。

草深く埋もれ、朽ち果てた戦跡、また学校や市庁の庁舎に利用されている戦跡などを見るにつけ考えさせられること多々あった。

少し時間がかかりますが、今回のダイビングの紹介はホームページに掲載します。

ご期待ください。

写真は私が宿泊したBule Lagoon Resort Hotelの部屋からの景色

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