イメージ 1
「深海のYrr」の著者フランク・シェッツィングの最新作だが、なんと文庫本600ページで四冊にわたる超!長い小説だ。

読み終わるのに2ヶ月もかかってしまった。

シェッツィングの5年前に読んだ「深海のYrr」は、
未知なる深海を舞台に、膨大な科学知識と壮烈な大スペクタクルで
未知の海の世界の謎解きに心躍らされた興奮が今でも忘れられない。

この一作で著者の本が好きになり、その後日本で発刊された

「黒のトイフェル」(「深海のYrr」より前の作品)2009年2月
「砂漠のゲシュペンスト」2009年9月

と2作読んだが、どれも「深海のYrr」のような興奮は味あえずひどくがっかりしてしまった。

一作のみがパッと花開く作者は多いが、彼もその口かと思っていたところに今回の「Limit」が発刊された。


まず、「Limit」一巻目の裏表紙に書かれている本書の要旨を紹介すると

「2025年、化石燃料は終焉を迎え、アメリカと中国は新燃料ヘリウム3の採掘競争を月面で繰り広げていた。

そんな折、大富豪オルレイは投資家たちを招き、
自ら建造した宇宙エレベーターで月面のホテルに向かう。

一方、上海では探偵のジェリコが瑶瑶という若い女性の捜索を依頼されるが、殺し屋ケニー辛も彼女を追っていた。

そしてカナダでは石油会社の幹部の暗殺未遂事件が起きていた。」

とある。

抜群のスケールとリアリティで近未来の月と地球を舞台にした巨大な陰謀を描いた小説であるが何せ、ページが多すぎる。

著者のドイツではハードカバーで特に分厚い本が好まれると聞いたことがあるが、何か無理やりページを増やしているようにも思える。


1巻目にいきなり多くの人物が出てきて、登場人物の細かな紹介と物語の背景説明で終わり動きが無くだらけてしまう。

3巻以降になると、ようやく話が動き出し、アクションシーンも動きが早くスケールが大きく一気に読めるようになる。

舞台となる宇宙ステーションや月面の様子など科学的な知識に基づいた細かな描写で近未来に実現するであろう様子が目に浮かぶようで楽しめる。


「深海のYrr」と同じく、今回の作品でも、未来を鋭く見つめ、
科学にまつわる新技術・新エネルギーの開発・利用と宇宙の環境の両立などの奥の深い問題を提起している。


今回の小説の技術的変革の背景として、地球上の化石燃料の枯渇化とその代替としての新エネルギーとしての月面のヘリウム3採掘における国際政治、企業間の争いがテーマとなっている。


新エネルギー候補のヘリウム3とは

ヘリウム3の原子核は、陽子2個と中性子1個からなり、通常のヘリウム原子より軽い安定同位体である。

ヘリウムは地球に殆ど無ないが、空気の無い月の砂、岩石に大量に含まれている。

太陽は地球の33万倍もの体積を持っており、その中心部は温度1500万℃、圧力は大気圧の約2500億倍にもなり、この高温・高圧の中で、水素の原子がくっついてヘリウムになるという核融合が起きている。

太陽の核融合で出来たヘリウム3は、太陽風(太陽から流れてくる粒子の流れ)に乗って月へ届くが、月には空気ないためヘリウム3は月の表面の砂(レゴリス)に吸着、蓄積される。

月ができてから45億年の間に、太陽からのヘリウム3は月の表面の砂にずっと吸着され続けてきていると考えられている。

さて、このヘリウム3と、水素の一種である重水素で核融合さすと、ヘリウム4(普通のヘリウム)と陽子になり、この陽子が膨大なエネルギーを発生させる。

核融合は、原子力(核分裂)に比べて発生できるエネルギーが大きく、また放射能が少ないという特徴があり新エネルギーと期待されるわけである。

月に豊富(10万とか100万トンと云われている)にあるヘリウム3を使えば、 
計算では、現在の世界で使われている電力の数千年分のエネルギーが得られるとされている。

月で採掘されたヘリウム3をロケットで地球に搬送していては採算が合わないので、
この小説で書かれているもうひとつの技術革新が宇宙エレベーターだ。

地球の遠心力を使ったこの宇宙エレベーターはアメリカ始め各国が実用化を目指して開発を進めているものだが、かなり実現性が高いものであるという。

日本でも多くの機関で研究が進められており、一般社団法人
宇宙エレベーター協会が情報収集・発信に尽力している。

このような背景の中で

NASAは、2024年までに月面に恒久基地を建設する計画だが、こうした計画を立てているのは米国だけではない。

中国、インド、欧州宇宙機関(ESA)、それにロシアの民間企業などが、2020年以降に有人の月面基地を建設する構想を持っている。


必ずやってくる化石燃料の枯渇による新エネルギーへの変換。

大国や豊かな国だけが新エネルギーを手にし、その他の大多数の人類にはいったいどんな世界が待っているのであろうか。


LIMIT1~4 フランク・シェッツィング著 ハヤカワ文庫