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クライブ・カッスラーのダーク・ピット シリーズの第20弾である。
カッスラの冒険アクション小説は登場人物によっていくつものシリーズがあるが、どのシリーズのストーリーも同じパターンだ。


埋もれていた歴史的事件、事故の遺跡や遺物(仮想であるが)が現代に甦り、善と悪が入り乱れて超人的アクションの争奪戦をするというパターンだ。

だが、カッスラーの小説にはいつも、優れた着想と豊かな構成、そして綿密な調査された歴史、最先端の科学技術を織り交ぜて話を展開おり、毎回、書店で見かけると購入してしまう。

今回の小説の内容は

地球温暖化が進み、北極海の氷も融け出し、
北西航路の開通と北極圏の資源の開発争いが展開される中、
石油価格の高騰に苦悩するアメリカは、カナダ領北極圏で発見された天然ガスを輸入する。

しかし、その直後に悪徳企業の陰謀により、領土問題ともなっていた北極圏の北西航路で、両国間に事故を発生させ、
一触即発の危機を迎える。

一方、アメリカの女性科学者が偶然に、ルテニウムというレアメタルが空気中の二酸化炭素を無害な物質に転換する人工光合成の効果的な触媒であることを発見する。

目的のために手段を選ばない悪徳企業は、女性科学者の研究所を爆破すると共に、ルテニウムの独り占めを狙う。

主人公ピットは、ルテニウムがカナダ領北極圏で165年前に北西航路発見のため出発し、行方不明となったジョン・フランクリン卿が率いるイギリス艦に積まれていた可能性に気づき、北西航路に向かう・・・・。


以上がストーリーの概要であるが、
この小説では「北西航路」が重要な歴史的背景として、
「人工光合成」が地球温暖化を救う最新技術として登場している。

北西航路は、

北アメリカ大陸の北側にあるカナダ北極諸島の間を抜けて太平洋と大西洋を結ぶ航路のことであり、
ユーラシア大陸の北側(ロシア沖)を通って太平洋と大西洋を結ぶ北極海航路(北東航路)と一対をなしている。

北西航路は大航海時代の16世紀以来、ヨーロッパとアジアを結ぶ最短航路になりうると考えられ、その発見に多くの探検家が挑んできた。

中でも、スペインとポルトガルより新領土獲得争いから
締め出された、イギリス・フランスなどが新航路発見に力を注いだ。
しかし、その環境は過酷で非常に多くの探検家が犠牲となり、
20世紀まで横断航海に成功した者はいなかった。

特に有名なものは本著にも登場する、1845年に出発したイギリス・ジョン・フランクリンによる北西航路探検隊129人の全滅である。

出発後、3年経っても探検隊は戻らず、数多くの救助隊や捜索隊が艦隊を組んで彼らの行方を捜して北極に向かったが、
さらに多くの遭難者を出す結果にり、
当時イギリスの大事件として注目された。


近年、温暖化により北極海は凍結海域が徐々に小さくなり、
夏になると海氷がなくなることも増えてきて、
2007年には北西航路が開通することになる。

このことは、北米からアジアへパナマ運河を通ることなく、
かつ航路が4割も短縮できるメリットがある。

だが、北極海は豊富な漁業資源に恵まれているうえ、
海底には原油、天然ガスやレアアースも大量に眠るため、
近隣諸国が排他的経済水域を主張し、ロシアなどは、
北極海は自国の大陸棚の延長である(わが国の近くに同じことを言う国があるが)として北極点の海底に国旗を立てるなどの国際紛争の元となりつつある。

北西航路に限って言うと、カナダは北極諸島内の北西航路を構成する海峡をすべて内水であるため領海であるとしているが、
アメリカなど北西航路に関係する諸国は国際海峡だと主張している。

この国際海峡への扱いが今回の小説のアメリカ・カナダの紛争の元になったのだが、
世界で15の国際海峡(有名なところではホルムズ海峡、マラッカ海峡など)があるが、日本にはそのうち5もある。

08年10月、駆逐艦など4隻が中国の戦闘艦として初めて津軽海峡を通過、太平洋側に抜けたと報道され、
吃驚したことを記憶しているが、津軽海峡は国際海峡の一つなのだ。


また、小説登場する人工光合成技術は、

植物が太陽光と二酸化炭素で酸素と糖を合成するプロセスを人工化しようとするもので、これからまだ先の技術のようだ。

先日の新聞(日経2011/1/19付)に
ノーベル化学賞を受賞した根岸英一氏は、
国内の化学研究者ら120人以上を束ねて「人工光合成」の研究を始めると発表し、「オールジャパン」で、
代表的な温暖化ガスでもある二酸化炭素をエネルギーなどに変換できる効率の良い化学反応の実現を目指す。

とあった。

小説にあったルテニウム(実際に触媒の機能はあるが)のようなものが発見されれば画期的なことになるのだろう。

単なる冒険・アクション小説だが歴史、科学、海洋と広く知識を与えてくれる。


北極海レアメタルを死守せよ (上、下) クライブ・カッスラー著
 新潮文庫刊 各629円