先日(92日)タイミングを図っていた国立科学博物館で開催中の「海のハンター展」をやっと見に行ってきました。
夏休み中は子供連れが多く混雑していると聞き躊躇していたが、新学期が始まったことと、甥の第二子誕生祝いを兼ねてやっと行くことが出来たのだ。
 
上野の駅前のホテルに宿泊し、9時の開門と同時に入り、約4時間じっくり閲覧できたが、時間とともにかなり混みあってきて人気の程が窺われ、開門と同時に入門は正解であった。
 
この大人気の「海のハンター展」の内容は後述するとして、
私の普段の夏休みは、どこに行くにも高い、混んでいるなどを敬遠して家で読書などしてゆったり(ダラダラ)と過ごすことが多いのだが今年は盛り沢山の計画が続きチョット趣が違った。
 
まず初っ端は、夏の出しなの6月中旬の梅雨明けを狙った沖縄・粟国島でのギンガメアジの群れを追いかけるダイビングだった。
天候は少し悪かったが、久しぶりの粟国島で、ギンガメアジの巨大な群れに驚愕させられ、(ホームページブログ参照)

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            沖縄・粟国島のギンガメアジの群れ、群れ
 
7月初めからはオーストラリア GBRでミンククジラとサウスウエストロックでのシロワニを見るダイビングに行き、GBRで愛らしいミンククジラで癒され、真冬の極低温下の厳しい海況であったが獰猛な顔付きのこれぞサメと言われるシロワニの群れに出会いに感動させられた。(ホームページブログ参照)

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オーストラリア・GBRでのミンククジラ 右はサウスウエストロックのシロワニ(インターネットより)
 
そして8月に入り11日の山の日を祝して久しぶりの山歩きを堪能した。
 
裏磐梯の五色沼巡りから山寺立石寺、出羽三山・湯殿山、羽黒山、月山そして鳥海山と三泊四日で巡ったが、なんといっても日本の霊場と言われる山形市の立石寺の厳しい1070段の階段を登り切った後の五大堂から見る素晴らしい景観と羽黒山のミシュラン・グリーンガイド・ジャポン三つ星にも認定されたという、老杉が鬱蒼と覆いしげる2044段の登山道をただ黙々と登り、薄暗い木立に囲まれ全く外界と遮断されたような静けさに気分が和らげられた。

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   山形県・立石寺の厳しい1070段の階段を登って見える素晴らしい景観

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羽黒山の東北最古の五重塔(国宝) 右三神合祭殿への鬱蒼とした木々囲まれた参道

そして又8月中旬、沖縄・慶良間、万座でダイビングと全島エイサー祭りに参加。

初めて見たエイサーは太鼓の音や踊りの勇壮さに心打たれ、胸打たれる高揚感と感激を味わった。


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      沖縄・慶良間諸島の美しい景色 と勇壮な踊りの全島エイサー祭り

そして夏休み最後の計画が今回の「海のハンター展」である。

振り返るとハードな山歩き、真冬のオーストラリアでのダイビングと厳しい内容もあったが、沖縄にも2度のダイビングと全島エイサーに感動しかつ沖縄料理を堪能するというような例年と違って充実した夏休みであった。
 

さて、話を戻すと、今回の国立科学博物館の特別展示「海のハンター展」は海のハンターにスポットを当て、その化石や標本を展示して生物の進化を辿ろうとするものである。
 
地球の面積の70%以上を占める広大な海に棲む生物達は絶えず食うか・食われるか”を繰り広げており、食う捕食者・プレデター(ハンター)にとって、効率的に「狩り」を行う手段は、生態系の中で生き抜くために大変重要なものである。
 
この展示では、海のハンター達が生きるための「捕食」について自らを如何に進化させてきたかを紹介している。

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         「海のハンター」展のでのハンターたち (公式HPより)

およそ52000万年前頃、生物は「眼」を持つことになり「カンブリア大爆発」という生物の大発生が起きた。
「眼」があることによりお互いをより発見しやすくなり、このことは食うか食われるかの「生存競争」がより激しくなることになり、生き残りをかけた急激な進化がおき、形のバリエーションが爆発的に増えた。

この時代には獲物を襲ったり、天敵から素早く逃げたりするために、筋肉や力をかける骨格(殻)が役立つと、固い殻を持った生物が爆発的に増えた時代でもあったという。
 
そして4億年ほど前脊椎動物の中でも最も重要な出来事は上下に開閉出来る「顎」の獲得であり、今まで単なる孔であった口で水と一緒に吸うようにして小さな餌しか食べれなかった海のハンター達は「顎」という強力な武器を得ることにより、より大きな獲物を効率よく捕らえることが出来るようになり、より急速に進化することになった。
 
更に、餌を捕らえ消化を助けるための歯の進化は、より機敏にそして力強く動けるようになるための大型化への進化を促進する事になった。
 
 
本展ではこのような生物の進化に沿って、浅海、深海、外洋そして極域におけるハンターについて化石や標本を展示して説明しているが、私にとっての関心は「海のハンター」といえば究極のプレデターである「サメ」であるため、ここからは「サメ」たちがどんな進化を辿り現在に至ったのか展示物を見ながら追って行く。
 
 
さて、「海のハンター展」の入り口を入るとまず大きくいかつい頭部だけの太古のプレデターと言われ「ダンクルオステウス」が迎えてくれる。

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               ダンクルオステウスの頭部の復元標本

ダンクルオステウスは頭部が固い板のようななもので覆われた板皮魚類で大きな顎を持ち体長が10mにも達したと思われる4億年ほど前のデポン紀繁栄した古生代最大のプレデターである。
 
ダンクルオステウスはサメ類と言われるが、35000年前の石炭紀に入ると絶滅してしまったが、同じ時代に生存したサメの祖先とされクラドセラケは最も古くて原始的なサメで彼らはすでにサメの基本形態をなしており、三角形の、軟骨で支えられた硬いヒレと、鋭く先の尖った歯を持っていた。
顎は今のサメと違って正面に突き出て体長は1.2mぐらいだった。

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          クラドセラケの想像図(インターネットより)

更に通路を進むと大きな部屋いっぱいに天井から吊り下げられた巨大な三体の標本が目に入る。
その巨大さにただ吃驚するばかりで写真を撮ろうとしても全体がとらえきれない。

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左から、ショニサウルス頭、タラソメドン全⾝⾻格そしてカルカロドン・メガロドンの復元模型だ。
 
ショニサウルスは魚竜類25000万年ほど前からの三畳紀に栄えた吻部が長くヒゲクジラのようにヒゲを持っていたと思われ推定全長21mにもなった最大級の魚竜。
タラソメドンは1億年ほど前の白亜紀後期の首長竜類で全長10m以上で比較的小さな獲物を丸呑みにしていたと考えられる。
 
さて、今回の展覧会の古代時代の主役、史上最大で最強のサメ「メガロドン」だ。
和名をムカシオオホホジロザメと言いホホジロザメの直系の祖先であったと考えられその姿は、実際ホホジロザメにきわめて近かったものと思わる。
 
新生代古第三紀・漸新世後期(約2800万年前)から新第三紀鮮新世紀(約260万年前)かけ、熱帯から温帯の浅海や沖合表層などにいた巨大サメである。
推定全長は15~17mだが、時として20mにも達したと考えられており、大きな口に鋭い合計58本の歯を持ち、中~大型の魚類やヒゲクジラ類を捕食していたと考えられている。
 
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メガロドンの巨大な復元模型 長さ20mにもなった

2800万年前にメガロドンは絶滅したが、その理由は、鮮新世の中期に起こった、海水温度の低下とメガロドンが捕食していたクジラの仲間がすくなくなったためと考えられている。
 
海温が低下して捕食する餌が少なくなると絶滅してしまったということは、大きくなればなるほど強いハンターとなり、永く子孫を残せるとは限らず、永く子孫を残すためには、環境の変化に機敏に対応できるサイズや機能があるのであろうと思い知らされた。
 
 
さて、更に奥に進むと広大なサメコーナーだ。
勿論ここで入館者の眼を惹きつけるのは現世の最強のハンター、ホホジロサメだ。
 

恐竜の絶滅した時代、つまり6500万年前からすでにホホジロザメの仲間はすでに存在していて、その仲間から派生したものが、前述したメガロドンだ。

サメは4億年間という、とほうもない年月を海のハンターとして生きのびてきたのはそれだけハンターとしての優れた機能を維持、進化させたからであろう。

その完成された流線型の体、カミソリのような鋭い歯が並ぶ強力な顎は4億年経った現代も変わることない。
 
 

そのハンターの中でも王者と君臨するのがホホジロザメだ。

ホホジロザメは最強の肉食性魚類で亜熱帯から亜寒帯まで世界中の海に広く分布し、全長6m、体重3000kgにもなるという。


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            ホホジロザメ 日本初めての全身液浸標本 全長3.2m

なによりの武器は噛む力で1.8トンにもなる(人間は50kgぐらい)と言われ、鋭い歯で獲物を切り裂き噛み砕いて食べる。
獲物を捕らえるための武器も発達させている。
視覚情報を得る眼、嗅覚の鼻以外に水圧の変化を感じる側線、微弱な電磁気を感じるロレンチーニ器官を持ち遠い獲物を感知する事ができる。
 
そして、海のハンターであるサメの繁殖もユニークだ。
卵生、卵胎生、胎生と、なんでもありだ。
 
卵生のサメはネコザメやナヌカザメなどがいるが、卵は他の魚のような球形ではなくスクリューのような形で特殊だ。
産卵から孵化するまで1年もかかるため流されないようしっかり岩の隙間などに固着出来るようにするためだ。
 
ホホジロザメは卵胎生(胎盤で子供を育てるわけではなく、卵を腹のなかで育てる)で、仲間にシロワニ、アオザメ、ウバマザメなどが居る。
 
卵胎生のサメは卵が孵化してから出産まで1年近く母サメの体内にいるが、その間の養分は卵を食べて育つという。
 
ホホジロザメは孵化後、母親が無精卵を生み続け、それを親の体内で食べて(卵食)育つが、シロワニは一番先に親の体内で孵化した子が他の卵を食べて(共食い)成長するという。

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        ホホジロザメの卵胎生のイメージと特徴(日経新聞より)

いずれにしても、出産するときは既に体長が1m近くあり、既に立派なハンターだ。
子を生む数が少ないサメが生き残る術であるが、逆に4億年も間大きく変化せず現在に至っている理由なのかもしれない。
 
又、胎生という、人間も含めた哺乳類のように母親の胎内で胎児が「ヘソの緒」を通じて母親から養分を受け取りある程度成長してから出産するという胎生を行うサメもいる。
 
イタチザメ、オオメジロザメなどメジロザメ目の多くはこの胎生でホホジロザメなどのネズミザメ目の仲間より多い、多くて80尾もの子を生むという。
個々に「ヘソの緒」を持ち・・・・一体お腹の中はどうなっているのだろうか??
 
やはりサメという生物は生態がよくわからず不思議がまだまだ一杯だ。
 
 
この展示会の目玉は、日本初公開と言われる、全長3.2mの雄のホホジロザメ成魚の全身液浸標本であろう。
2014年に沖縄で延縄にかかって死んでいた個体を標本にしたものだという。
間近で本物の巨体をじっくり四方から観察出来ことは我々観覧者はもとより、サメ類の形態比較や生態を研究する人たちにの研究発展に大きく寄与すると期待されているとのこと。
 
やはり3.2mの実体標本は吃驚するほど巨大だ。
身体の一部には他の生物と争った跡もあり本当に生々しく、いまでも襲いかかってくるような気がして身震いするほどだ。
 
このサメのコーナーには他に、顎が飛び出すミツクリザメ、アイザメ、古代のサメを思わせる大口のラブカ、危険なサメの分類に入るイタチザメ、ヨシキリザメ、獰猛な顔つきのシロワニ、群れを作って他のサメを襲うことや共食いもするというダイバーに大人気のシュモクザメ(ハンマーヘッド)等などが紹介されている。

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   大きなサメたちの標本がが天井から吊り下げられている 身近で見ると圧巻である 

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            ミツクリザメ 獲物を捕る時口が前に飛び出す

サメ以外にも色々な海のハンターが紹介されているが字数制限もあり紹介できないのが残念だ。
 
いずれにしても、約4時間じっくりと色々なサメたちに会えて、夏休み最後の行事として、充実した時を過ごすことが出来た事は大変嬉しい。