5月中旬より念願のバヌアッツにやっと行けることになりそうだ。
 
本年初めよりバヌアッツ行の計画を始め、日程やホテルも決め見積もりをやっと入手した矢先にあの大型サイクロン「パム」が313日にバヌアッツを直撃したのだ。
 
この「パム」の猛威は凄まじく最高風速90メートルを超え、8割もの家屋が崩壊、道路や橋が流されるという多大な被害が出た。
ただ、死者の数は二十数名と少ないのは不幸中の幸いだった。
 
そんな中、旅行会社には引き続き現地の情報を入手を依頼していのが、やっと4月に入って
「現地のホテルなども被害は大きいが、何とか多くのホテルは4月中には目途がたち、5月中旬であればダイビングも問題ないだろう」との情報が入った。
 
人口26万人の7割もの人が被災し、まだまだ食糧などの救援物資が十分に行き渡らない地域もあるという中で、ダイビングなどに行くのはどうかと思われるが、観光で食べている人も多くその人たちの一助となればと屁理屈をつけて、思い切って行けるのなら行ってみることにしました。
 
 
実は2年半ほど前の2012年の年末にも、今回と同じようにバヌアッツ行を計画したが、見積もりを入手したとたんにバヌアッツに大きな地震が発生して、多大な被害が出たということで、やむなく計画を中断した経緯があった。
そのためか、今回は是非計画を遂行したい気持ちがあるのだ。
 
 
何故、こうもバヌアッツに拘るのかといえば、バヌアッツは私の子供のころからの憧れの場所である、と共に絶対行ってみたいレックダイビングのポイントがある場所なのだ。
 
 
まず、バヌアッツについて少し説明すると。
バヌアッツは正式にはバヌアツ共和国といい、太平洋南西部のオーストラリアとフィジーの中間あたりに位置する83の小島が南北約1,200kmY字形に連なる群島国である。
1980年7月、74年間の英国とフランスの共同統治から独立した。それまではニューヘブリデス諸島として知られていた。
 
土地面積は新潟県とほぼ同じで、人口は26万人ほどと聞く。

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 バヌアッツの地図とバヌアッツ共和国



ここの群島はインド・オーストラリアプレートに太平洋プレートがぶつかり沈み込む位置にあり、このぶつかり合いで高い山々が出来、そのうちの高いものが現在のバヌアッツの島々だ。
また、プレートの沈み込みで火山も多く、現在でも九つの火山が活動して環太平洋火山帯の一部をなしている。
 
日本と太平洋プレートが沈み込む位置にあるのは同じ構造で地震の多い国でもある。
バヌアッツで地震が発生すると1-9日後に日本に同程度の地震が起きるという「バヌアッツの法則」が一部の人に言われているほど構造的によく似ていており関連しているのだ。
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                世界のプレート位置図 インターネットより 
 
それではバヌアッツの「何が」そんなに私を惹きつけるかというと
 
一つは、私が子供のころに「南太平洋」にイメージした光輝く日射、透き通った青い空、蒼い海、白い砂浜、そして緑覆う島々は実はバヌアッツであったのだ。
 
Yの字に並ぶ群島の左側の先端部にあるバヌアツ最大の島エスピリットサント島(普通サント島と呼ばれている)の中心都市ルーガンビルは先の大戦時、米国の10万人もの将兵たちが駐在する大補給基地があったのだ。
 
この基地は終戦までの約3年間に約50万人以上の多くの兵士達がルーガンビルを通過していったという。
 
ここには、5つの飛行場と4つの病院、そして実に40件の映画館があったという戦時中の基地というより行き来する兵士のリゾート地というイメージだ。
そこに戦争リポーターである、ジェームズ・A・ミッチェナーが駐屯し、後にここでの兵士と現地の人との恋愛模様を描いたミュージカル「南太平洋」の基となる「南太平洋物語」を発表したのだ。
 
 
この作品は、1949年にブロードウェイのミュージカル「南太平洋」に登場し、1958年にアメリカで映画化され、「バリハーイ」「魅惑の宵」などの主題歌とともに日本でも一世を風靡した。
「魅惑の宵」 インターネットより
 
私も映画の「南太平洋」を見て、日本の戦時中と全く違ったあかぬけた生活と輝くような南洋の景色に吃驚して、是非大人になったら「南太平洋」に行ってみようと思った。
 
映画の舞台は実際はハワイやタヒチで撮影されたようだが、私の「南太平洋」イメージはやはりバヌアッツであり、ここを訪れることは子供のころからの念願なのだ。
 
 
そして第二に、大型豪華客船が沈む世界的にも有名なレックダイビングポイントがあるのだ。
 
ルーガンビルのサント港には戦時中米軍が輸送船として徴用していた豪華客船プレジデントクーリッジ号が機雷に接触して沈んでいるのだ。
 
19312月進水した、このクーリッジ号はその大きさは長さ200m、幅28m2万トンの当時アメリカ第2を誇る豪華客船であった。
沈没した今でも、この船内には水深40mのところに「ザ・レディー」と呼ばれる一枚の絵画がサロンに飾られ当時の面影を残している。
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クーリッジ号 グリーン真由美さんのブログより
サント島でクーリッジ号を潜るのを目的で来るダイバーは絶対と言っていいほど「ザ・レディ」を見るために潜るのが目的であるといわれるほどの人気ポイントであるのだ。
 
しかし、深度が深いため簡単には行けない。
最低3泊4日で少しずつ体を慣らしながらやっと見ることが出来る至難ポイントでもある。
 
もともとレックダイビングが好きな私としてはハードルが高ければ高いほど挑戦心に燃え絶対に行ってみたいと以前から虎視眈々と狙っていたもので、今回のバヌアッツダイビングの主要目的でもある。
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 上:重装備のテクニカルダイビング
 中:グーリッジ号サロンに飾られ
   ている「ザ・レディー」
 下: 水中での「ザ・レディー」
  共に グリーン真由美さんのブログ
  より拝借



更に、この近くには米軍が終戦時に不要になったブルドーザーやクレーン車、フォークリフト、発電機などをバヌアッツ政府に売却を迫ったがバヌアッツが購入を拒否したため、米軍はルーガンビルの東約10kmの海岸に投棄してしまった。
 
そのごみの価値を見て、地元の人々がミリオンダラーポイントと名付けた。
現在では、サント島のダイビングスポットの一つとして知られていおり、ここにも是非行ってみたいと思うポイントだ。
 
 
更に、バヌアツの海は、その抜群の透明度、温かい海水、ダイブサイトへの近さと火山性の島ということで、急な断崖、洞窟と突き出した岩肌、冷えた溶岩で作られた巨大な洞窟と海面下で繋がる入り組んだトンネル、そして、そこに息づくサンゴ、海草、海綿、珍しい熱帯魚など多様な生命体に溢れており、世界最高級のダイビングが楽しめるスポットとして有名なのである。
 
やはりダイビング愛好家としては絶対に行かなければならない場所だ。
 
 
第三の目的は火山だ。
 
火山と聞くと何か心踊らされる私としては、「世界で最も火口に近づくことが出来る火山」として有名なヤスール山は絶対に見逃されない火山であるが、この火山がタナン島にあるのだ。
 
タンナ島は、首都ポートビラがあるエファテ島の南200kmぐらいにある人口2万人ほどの小さな火山島である。
 
この島の西部にある標高361mのヤスール山は世界的にも有名で、黒い火山灰高原を4WDで走り到着した地点から徒歩で10分ほどで意外と簡単に火口の淵まで辿り着くことができ、特に夜は、火口から噴出す真っ赤な溶岩に目を奪われる。
 
特別な防護装置を装着した冒険家達が煮えたぎる溶岩湖の直ぐ近くまで降りたつ挑戦の写真や動画を見ると、その豪快さと自然の脅威にただ驚かされるばかりだ。
 
是非その何分の一でいいから実際の目で、その脅威の自然の姿を見てみたいものだ。
          ヤスール火山の噴火の様子 インターネットより

バヌアッツはダイビングや活火山見学以外にもフランス風にアレンジされた南国のカラフルな料理や、バンジーダンプの元のランドランプや伝統的な文化や生活様式、ダンスなどを体験し、現地の人々と交流することも楽しみのひとつだ。
 
 
12泊13日の旅だがバヌアッツの各島へは首都ポートビラと放射線状に連絡されているため、常にポートビラを経由する必要があり効率的でないため、あまり欲張った見学は出来ないが「世界で一番幸せの国」(2006,7年と二年連続で選ばれた)と言われた国の自然と文化を充分楽しんでみたいと思う。
 
 
一日も早くサイクロンの被害に遭ったバヌアッツの皆様が元気な元の生活に戻られることを祈願し、そして是非その元気な皆様とお会いしたいものです。