すこし前になるが、原田マハ著「暗幕のゲルニカ」を読みました。
原田マハ氏は私の好きな作家の一人で、作家になる前に馬里邑美術館、伊藤忠商事を経て、森ビル森美術館設立準備室在籍時、ニューヨーク近代美術館に派遣され同館にて勤務の経験から西洋絵画、画家を主題にした本作品や「リーチ先生」、「ジヴェルニーの食卓」「デトロイト美術館の奇跡」「太陽の棘」「サロメ」「たゆたえども沈まず」などが美術ミステリーの作品多くあるが、デビュー作が「カフーを待ちわびて」の恋愛小説で日本ラブストーリー大賞を受賞し、他に「本日は、お日柄もよく」「総理の夫」などのコミカルなラブストリーも多々描いている。
今回の「暗幕のゲルニカ」は第155回直木賞候補であったが、荻原浩氏の「海の見える理髪店」に負けてしまった。
(本作品読書後直木賞の選評の概要を見てみると、どうも女性作家の評が厳しかった感じであったが、「海の見える理髪店」を読んでおらず、好きな作家への身びいきと言われてしまえばそのとおりかもしれませんが・・・)


左が原田マハの「・・・・ゲルニカ」右が直木賞入受賞した荻原浩の「海の・・・」
本作品は「BOOK」データベースよると、
「ニューヨーク、国連本部。
イラク攻撃を宣言する米国務長官の背後から、「ゲルニカ」のタペストリーが消えた。
MoMA(ニューヨーク近代美術館)のキュレーター八神瑶子はピカソの名画を巡る陰謀に巻き込まれていく。
故国スペイン内戦下に創造した衝撃作に、世紀の画家は何を託したか。
ピカソの恋人で写真家のドラ・マールが生きた過去と、瑶子が生きる現代との交錯の中で辿り着く一つの真実。怒涛のアートサスペンス!」
とある。
まさに怒涛のアートサスペンスであり、一気読みしてしまった。
本書はパブロ・ピカソの描いた「ゲルニカ」を軸に話が進むのだが、過去と現在のパートに分かれ、ピカソの恋人で写真家のドラ・マールが見てきたピカソという芸術家とゲルニカ制作の過程を示す過去パート。
そしてアートの力で平和を訴えようとピカソの「ゲルニカ」を再びMoMAに展示しようとする企画に奮闘するキュレーター八神瑶子が多々の苦難と陰謀に巻き込まれていく現在パートから構成されている。
ここでピカソの「ゲルニカ」について記述すると、
私が初めて「ゲルニカ」を等寸大で観たのは23年も前(1995年)の京都近代美術館の”愛と苦悩一「ゲルニカ」への道”というピカソ展でした。
「ゲルニカ」は門外不出の作品なので写真複製だったのですが、350cm×780cmの大きさにまず驚くき、そしてモノクロ作品にもかかわらず描写されている動物や人物の苦悩の表情が脳裏に鮮明に焼き付けられたことを記憶しています。
「ゲルニカ」は、スペインの画家パブロ・ピカソがスペイン内戦中の1937年に描いた絵画、およびそれと同じ絵柄で作られた壁画である。
ドイツ空軍のコンドル軍団によってビスカヤ県のゲルニカ(スペイン、バスク地方の最古の町、文化と伝統の中心)が受けた都市無差別爆撃(ゲルニカ爆撃)を主題としている。
20世紀を象徴する絵画であるとされ、その準備と製作に関してもっとも完全に記録されている絵画であるとされることもある。(Wikipediaによる)

ピカソの「ゲルニカ」 スペイン内戦中のドイツ軍の悲惨なゲルニカの空爆を描いた
ピカソは5月に開催されるパリ万博のスペイン館のパビリオンに飾る絵を書いて欲しいと依頼されるが、中々テーマが決まらない中で、1937年4月26日のゲルニカ爆撃で町は廃墟となり、多くの死体が散乱するという、人類史上類を見ない暴挙が新聞に掲載され、ピカソはその光景を目の当たりにし、怒りと悲しみを覚え負の感情が爆発し、ただならぬ雰囲気で絵を描き上げる事になったという。
この「ゲルニカ」の制作の一部始終をカメラに収めていたのがピカソの愛人であり写真家のドラ・マールである。
ドラは撮影しながら画面を支配する阿鼻叫喚する人間や動物たちを見て、この絵のタイトルは「ゲルニカ」以外にありえないと感じ、ピカソもそれを受け入れ、世紀の名画の名前が決まったという。


左:ピカソとドラ・マール 右:ドラ・マール 写真家でスペイン語が堪能でピカソの愛人となった
しかし、「ゲルニカ」はスペイン館のパビリオンに飾られた当初の評価は高くなかったが、やがて反戦や抵抗のシンボルとなり、ピカソの死後にも保管場所をめぐる論争が繰り広げられることになった。
さて、本書の内容についてもう少しのべると
過去のパートの物語は、1937年4月、パリのピカソのアトリエ兼住居で幕を開ける。
ピカソは内戦のさなかにあるスペイン共和国政府の依頼を受け、この年の5月に開幕するパリ万国博覧会のスペイン館のために、壁を埋めつくすほど巨大な新作を描くことになっていたが、肝心の絵のテーマが思いつかず大きなキャンバスは白紙のままだった。
そして、その朝の新聞には「ゲルニカ 空爆される/スペイン内戦始まって以来 もっとも悲惨な爆撃――」。
この新聞報道が「ゲルニカ」の始まりだった。


左 ゲルニカの地図、右ドイツ軍の1937年4月26日爆弾と焼夷弾の無差別空爆で破壊された
小説の過去のパートはピカソの若い愛人で写真家のドラ・マールの視点で書かれ、悲惨なゲルニカ空爆の新聞に
触発されたピカソは後で「ゲルニカ」名付けられる大作を4月26日から6月6日の間にかきあげた。
この制作過程の写真を撮影し、後世に貴重な記録を残す彼女の目から、〈ゲルニカ〉誕生のドラマとその後の数奇な運命が描かれてゆく。
ドラ・マールは「泣く女」など多くの名画のモデルをつとめたことでも知られる。
現在のパートは2001年9月11日のニューヨークに飛ぶ。
現在のパートの視点は、日本出身のピカソ研究者、八神瑤子。
35歳でニューヨーク近代美術館(MoMA)に採用され花形部門である絵画・彫刻部門でアジア人初のキュレーターとなった。
愛する夫、イーサンはアート・コンサルタント。
だが、幸福な結婚生活は、ワールド・トレード・センターを襲った二機の旅客機により、とつぜん断ち切られる……。
そして、現代のパートの物語はアメリカの同時多発テロ後の2003年、アートの力で平和を訴えようと考え、「ゲルニカ」を再びニュヨークで展示しようと奮闘するMoMAのキューレーター八神瑤子の行動だ。
ゲルニカ空爆と9・11テロ、二つの大きな悲劇が対置され、ピカソの〈ゲルニカ〉が第二次大戦とイラク戦争をつなぐ。
題名の“暗幕のゲルニカ”とは、ニューヨークの国連本部、国連安全保障理事会の入口に飾られている「ゲルニカ」のタペストリーのことで、2003年2月コリン・パウエル米国務長官がイラク空爆を示唆する演説を国連安全保障理事会の入り口で行った際、彼の背景に見えるはずのくだんの〈ゲルニカ〉は、なぜか暗幕で隠されていた。
この史実に著者は衝撃を受ける。
「ゲルニカ」は空爆によって阿鼻叫喚の地獄となった事態を象徴するもの。アメリカがこれから実行しようとするイラク攻撃によって、イラク国内で同じ様な事態が起きることを予想した人物が隠したのでないかと直感したからである。

国連本部の入り口にかけられていたタペストリーの「ゲルニカ」色彩がある。
同じタペストリの「ゲルニカ」があと2つあり、一つは日本の群馬県の高崎にある
この事実を下敷きに、著者は空想の翼を広げ、大胆不敵な物語を紡ぐ。
実在の人物が実名で登場する過去のパートと違って、現代のパートでは、米国大統領や国務長官も架空の名前に置き換えられ、小説は虚実入り混じったストリー展開は、果たしてどこまでが史実でどこからが創作か、読者の想像力を大いに刺激する。
後半の焦点は、瑤子が企画する「ピカソの戦争」展と「ゲルニカ」をめぐる策謀。物語はクライマックスに向かって壮大な美術ドラマが展開する。
驚愕のラストまで目が離せない。
様々な困難を乗り越え、ついに明日「ピカソの戦争」が開催されようとしていました。
門外不出の「ゲルニカ」は本当に海を渡るのか、一体今どこにあるのか、全米が注目する中、瑤子は記者会見のスピーチを始める。

話がチョットはずれるが著者の言葉遣い特にスピーチの言葉には感動させられる。
著者の本で「本日は、お日柄もよく」ではスピーチライターになろうと決心した若い女性が幻のスピーチライターと言われる人に指導を仰ぐことになるのが、文中に出てくるスピーチの数々が本当に素晴らしく感動する内容で、スピーチというのはこうゆうものだと強く感じた。
本書の瑤子のスピーチも素晴らしく、ハラハラ、ドキドキ、涙を誘い、そして最後のクライマックへと突入する・・・。
原田マハ著「本日は、お日柄もよく」
最後に著者が本書を発刊するにあたってのインタビュで述べた話を紹介します。
「一枚の絵が、戦争を止める。私は信じる、絵画の力を。
実際は、美術が戦争を直接止められることはないかもしれません。それは小説も同じでしょう。けれど「止められるかもしれない」と思い続けることが大事なんです。人が傷ついたりおびえたりしている時に、力ではなく違う方法でそれに抗うことができる。どんな形でもクリエイターが発信していくことをやめない限り、それがメッセージになり、人の心に火を灯す。そんな世界を、私はずっと希求しています。」
やはり、原田マハ氏の作品は益々好きになる。美術とサスペンスが融合されたストーリだけでなく、コミカルな恋愛小説も軽快で嫌味がなく楽しめる。
特に、本書の過去のパートの主人公のドラ・マールをピカソはモデルとて色々な作品を描いているが、中でも「ゲルニカ」を描い終わった後に、その勢いで100枚近くの「泣く女」制作している。
ドラ・マールは感情の起伏が激しく、よく泣く女性だったとか、ピカソは女性の涙にゲルニカの悲劇を表し祖国の惨事を悲しんだのかもしれない。


左はドラ・マールがモデルの「泣く女」 右は同じドラがモデルの「ドラ・マールと猫」
右の画はピカソが大切にしていたもので現在個人所有で世界で一番高い絵と言われ100億円とか・・

メルボルン ビクトリア美術館所蔵のピカソの「泣く女」
メルボルンのビクトリ美術館にはこのピカソの「泣く女」の1枚が常設されているのだ。
今度メルボルに行くが、是非この画を見てピカソがどんな気持ちで「泣く女」を100枚も描いたのか、女性の涙は何を意味しているのか、じっくりと「暗幕のゲルニカ」を思い起こしながら観察してみようと思う